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2017年08月20日

がじまん第364号

海軍壕と空手会館
南ふう

 一九九八年の末に沖縄に帰郷してから、たびたび「海軍壕」という標識を目にしたが、なかなか一人で訪れる勇気がなかった。考えると、もう二十年近くが経ったことになる。
 この七月、チャンスが訪れた。地域史協議会という組織の勉強会があり、私は会員ではないのだが、沖縄空手会館と海軍壕(旧海軍司令部壕)の「巡見」がセットということで、希望者に名を連ねることにしたのだった。
 参加してよかった。ガイドが一緒に廻ってくれ、いろいろ説明してくれたし、疑問点は質問もできた。パンフレットだけを読むより、断然分かりやすかった。
 全長四五〇メートルもの迷路のような壕は、一九四四年の八月から十二月までの五ヶ月間に、海軍設営隊によって掘られた。ニービ(堆積した砂が中心の土壌)なので掘りやすかったらしいが、逆にいえば崩れやすい。なので作戦室や幕僚室など重要な部屋の天井や壁は、漆喰で塗り固められていた。
 約二十名で一グループとなって動いたが、それだけで酸欠になりそうな狭い空間。最大で四千人ほどが入っていたという。もちろん通路も含めてすべての空間になのだが、それにしても……。下士官兵員室は横になることもできず、立ったまま仮眠をとるのがせいぜい。とても正気を保てる状態ではない。
 作戦室に裸電球が一個ついていて、展示のためかと思ったのだが、当時を再現していた。信号室や暗号室もあるから、電気はあったわけだ。壕内には発電室が三ヶ所。燃料は石油かと質問すると、ディーゼルだそう。
説明によると、組織的戦闘が終わる少し前、一度解散命令が出て、壕内の武器や設備をすべて破壊して壕を出た後、それが誤報だったということで、再び壕に戻ったのだという。しかしすでに武器も何もない。その虚しさを想像するとたまらない。暗くジメジメした空間、すし詰め状態、何もできないのだ。そして六月十三日、大田實少将は最期を遂げる。
 対照的に、この三月にできたばかりの明るくハイテクな沖縄空手会館。全館エアコンの快適な空間に、資料室あり、鍛錬室や道場などあり、シャワールームありと、いたれりつくせり。不便や不快さは何もない。
 二つの施設を同じ日に見学できたのは、私にとって意義深かった。そして今の時代が恵まれすぎていることに、ある種の怖さを感じた。あふれるほどの物質があるのは当たり前、感謝も忘れ要求ばかりの私たち。あの戦争から生き残った人たちは、今日のような日本を目指していたのだろうか。
 八月。今日も蝉しぐれが聞こえる。


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