2018年07月20日
がじまん第386号
年寄り、なめんなよ
十年以上も愛用してきたシチズン腕時計の金属製バンドが切れて、もはや腕にはめられない状態になった。左手をかざせば瞬時に時間がわかる仕組みがない生活がいかに不便か、改めて思い知らされる。
早速修理をと考えた。時計修理専門店というのはないであろうから販売店を当たることにする。それならば大きな店をと思い、デパートリウボウの時計売り場を覗く。三十代と思しき店員は丁寧に私の時計を受け取り、しばらく吟味した後、「一日お預かりすることになります。このメーカーの部品がなければ修理ができません」という。大きいデパートは販売と修理が分業しているから時間がかかるのだろうと合点したが、私は一日とて時計を手離すことはできなかった。
今度は、街に出て修理もできる店に当たることにした。すぐに思いついたのは国際通りに面した老舗の時計店である。ところが「修理が混んでいるので二週間かかる」という。たかがバンドの修理である。勘違いしているのかと思い、二度説明するが、同じ答えが返ってきた。私の経験では、時計のバンド修理なんてほんの五分もあればできる。店の沽券に関わると思ってわざと日数を延ばすのだろうか。
もう少し歩を進めてみる。国際通りから平和通りに入ってすぐ左側にウナギの寝床みたいな小さな時計店があり、九十歳前後かと思われる媼が奥に座っていてテレビに夢中になっている。一縷の望みを託して店に潜り込む。「お婆ちゃんひとり? 修理できる人はいないの?」と声をかけると、ぶすっとして、いかにも難儀そうに腰を上げて、手を伸ばしてきた。「大丈夫かな?」と思いながら時計を預ける。ちらっと見やるなり迷う様子もなく、近くの引出しから、ジャムの空き瓶を取り出した。そして中に入っている、これまで修理したであろう腕時計の残りくずのような部品を、ガラスの商品棚の上の古新聞に、無造作に広げた。
私が横から手を出して、自分の時計に合った部品を物色しようとすると、「あなたたちにはわからないよ」と不機嫌な声でとがめられる。お婆ちゃんはやる気だ、と思った。
以後干渉はいっさいしないで静観すると、廃品の中から適当な部品を拾い上げ、小型のペンチや金鎚を器用に操りながらあっという間に修理を終わらせていた。料金は?と訊くと一秒くらい間をおいて、「三百円」。「えっ、それでいいの?」と、ためらいながら三百円を渡すと、「どうもありがとう」にも応えず、さっさとテレビに向かった。嘲るような笑みが口元にちらっともれたような気がした。その笑みは、「とぅすいんち、うしぇーらんきよー」(年寄りと思って、なめるなよー)と読めた。
金城光男
十年以上も愛用してきたシチズン腕時計の金属製バンドが切れて、もはや腕にはめられない状態になった。左手をかざせば瞬時に時間がわかる仕組みがない生活がいかに不便か、改めて思い知らされる。
早速修理をと考えた。時計修理専門店というのはないであろうから販売店を当たることにする。それならば大きな店をと思い、デパートリウボウの時計売り場を覗く。三十代と思しき店員は丁寧に私の時計を受け取り、しばらく吟味した後、「一日お預かりすることになります。このメーカーの部品がなければ修理ができません」という。大きいデパートは販売と修理が分業しているから時間がかかるのだろうと合点したが、私は一日とて時計を手離すことはできなかった。
今度は、街に出て修理もできる店に当たることにした。すぐに思いついたのは国際通りに面した老舗の時計店である。ところが「修理が混んでいるので二週間かかる」という。たかがバンドの修理である。勘違いしているのかと思い、二度説明するが、同じ答えが返ってきた。私の経験では、時計のバンド修理なんてほんの五分もあればできる。店の沽券に関わると思ってわざと日数を延ばすのだろうか。
もう少し歩を進めてみる。国際通りから平和通りに入ってすぐ左側にウナギの寝床みたいな小さな時計店があり、九十歳前後かと思われる媼が奥に座っていてテレビに夢中になっている。一縷の望みを託して店に潜り込む。「お婆ちゃんひとり? 修理できる人はいないの?」と声をかけると、ぶすっとして、いかにも難儀そうに腰を上げて、手を伸ばしてきた。「大丈夫かな?」と思いながら時計を預ける。ちらっと見やるなり迷う様子もなく、近くの引出しから、ジャムの空き瓶を取り出した。そして中に入っている、これまで修理したであろう腕時計の残りくずのような部品を、ガラスの商品棚の上の古新聞に、無造作に広げた。
私が横から手を出して、自分の時計に合った部品を物色しようとすると、「あなたたちにはわからないよ」と不機嫌な声でとがめられる。お婆ちゃんはやる気だ、と思った。
以後干渉はいっさいしないで静観すると、廃品の中から適当な部品を拾い上げ、小型のペンチや金鎚を器用に操りながらあっという間に修理を終わらせていた。料金は?と訊くと一秒くらい間をおいて、「三百円」。「えっ、それでいいの?」と、ためらいながら三百円を渡すと、「どうもありがとう」にも応えず、さっさとテレビに向かった。嘲るような笑みが口元にちらっともれたような気がした。その笑みは、「とぅすいんち、うしぇーらんきよー」(年寄りと思って、なめるなよー)と読めた。
Posted by 沖縄エッセイスト・クラブ会員 at 00:00
│会報がじまん