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2018年08月20日

がじまん第388号

機上の怒号
大宜見義夫

 学会参加のため午後の診療を早めに終え、17時発大阪行きのANA便に飛び乗り、奥の窓際の席にすわった。出発まぢか、後ろの窓際の席が空席だったことから中央座席の二人の女性が乗務員の許可を得て移り、早口の大阪弁で楽しげに語らい始めた。
 そこへ早足で駆け込んできた中年男性が私の席のそばで立ち止まり、後ろの席の女性に向かって「ここは俺の席やで、何しとるんや」と怒鳴った。二人の女性は「すみません」と小声でつぶやき、慌ててもとの席に戻った。しかし、男の逆上は止まらない。女性乗務員が平身低頭してもおさまらない。
 若い男性乗務員が代わって謝罪を繰り返すが怒声はエスカレートするばかり。前の方の席でぐずって泣いていた幼児が泣くのをぴたりと止めた。機内の異様な雰囲気を察知したかもしれない。「何でわしの席におばはんふたりがすわっていたんや! 時間がない、早う行けとせかされて来たのに何やこれ!」と遅刻した身を棚に上げ身勝手なことを言っている。更に年配の男性乗務員が現れ冷静に対応するも男は自らの怒声にますます興奮するばかりであった。
 逆上する男に対して乗務員らは警察の応援を頼んだらしく、しきりに搭乗口を振り向くがなかなか現れない。数分後やっと現れた若い警察官二人が穏やかな口調で「皆様に迷惑かけるからひとまず降りましょう」と言っても男の怒りはおさまらない。
「もう強制的に下ろすしかないですが、法的にどうでしょうか」と警察官の方が逆に上司の男性乗務員に尋ねると、「機長は乗客の皆様が不安を覚え身の危険を感じておりますのでこのままでは飛行は無理と判断しております。強制的に下ろしても法的には何ら問題ありません」と乗務員は答えた。納得した警察官は、強制退去を実行するため、まわりの席の人たちを遠くに移動するよう要請した。身勝手な男の振る舞いに腹立たしく思った私にも席移動の要請があったが、やんわりとお断りした。強制退去の際、警察官に抵抗しもみ合いになりこちら側に倒れ込んできたら足で受け止め、蹴り上げてやろうと思ったからだ。さいわい、男は実力行使に出た警察官に抵抗をあきらめ、大声張り上げながら、機外へと引っ張られていった。
 男のために飛行機は30分遅れて出発した。
 あの男の異常な振る舞いは何だったのだろう。もしや覚醒剤常用者ではなかったか…。一方、80近い高齢の身ながら、足蹴にしてやろうと思った私の気の高ぶりは一体何だったのだろう。猛々しい青春時代の残り火だったのか、それとも高齢者特有の短気のなせるワザだったのか…。
「医者ともあろうものが…」と、医療倫理に後ろめたさを覚えつつ、機窓に流れる白い雲をぼんやりと眺め続けた。


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