2019年04月10日
がじまん第400号-1(Essay 403)
言葉の行き違いは誰のせいか
去年八月に襲来した史上二番目に大きいと言われた台風で、庭の立ち木が二本、根こそぎなぎ倒された。その片付け作業が大変だった。直径が、大きいところでは十五センチはある幹を、ごみ回収車の規格に合うように一メートル以内の長さに切り揃えなければならない。使える道具は日曜大工用の折り畳み式鋸しかない。「やるっきゃない」と肚を決めて取り掛かった。もっぱら右腕が頼りである。一時間ほど掛かって作業は何とか完了し、ごみ回収車の到着に間に合ったが、無理が祟ったのか、翌日、腕を頭上に上げるのさえ困難なほどの激痛が右肩に襲ってきた。早速、近くの整形外科病院に駆け込む。
レントゲン検査では関節の骨どうしに擦れ傷が見つかったが、たいしたことはないと、注射一本を打たれ、鎮痛剤十日分が処方された。受付で料金を支払うと、「薬が出ますからね」といわれる。そしてこの言葉が災いのもとになった。
私は、薬はてっきり同じ場所で渡されるものと思いこみ、待合室に戻って呼び出しを待った。混んでもいるし時間が掛かるのだろうと、はじめは鷹揚に構えていたが、三十分も待たされると、さすがにおかしいぞと思いはじめた。「薬はまだですか」と窓口に訊いてみる。と、先方は慌てた様子で「薬は薬局で出ますよ」との答え。私は寝ぼけから覚めた思いで、病院では医薬分業体制が敷かれているのを思い出した。それだけ長い年月病院の世話になっていない自分の健康はありがたいことではあるが、浦島太郎のような話である。結局薬は表の薬屋で入手できたが、長時間待たされた時間のロスはもったいないし、悔しいと思った。
いま思うとカウンターの向こう側で、職員二人がちらちらっと私を見ながらひそひそ話をしていたのを思い出す。とっくに支払いを終わった患者が、なぜまだ待合室にいるのかと不審に思われたのであろう。
振り返って、この行き違いは、どっちに責任があるのかと考えてみた。病院に通いなれている人にとっては、病院側の、「薬が出ます」という案内はなんの迷いもなく理解できる言葉であろう。しかし病院のしきたりに馴染みのない者にとっては、薬がどこから出るのかの説明がなければ、単純に同じ場所から薬が出ると解釈するのが普通であろうし、病院側の案内は不親切であるとも受け止められ兼ねない。
もし外国人が巻き込まれていたら、「文化の違いによるコミュニケーションギャップ」としてまじめに議論されていたかもしれない。
金城光男
去年八月に襲来した史上二番目に大きいと言われた台風で、庭の立ち木が二本、根こそぎなぎ倒された。その片付け作業が大変だった。直径が、大きいところでは十五センチはある幹を、ごみ回収車の規格に合うように一メートル以内の長さに切り揃えなければならない。使える道具は日曜大工用の折り畳み式鋸しかない。「やるっきゃない」と肚を決めて取り掛かった。もっぱら右腕が頼りである。一時間ほど掛かって作業は何とか完了し、ごみ回収車の到着に間に合ったが、無理が祟ったのか、翌日、腕を頭上に上げるのさえ困難なほどの激痛が右肩に襲ってきた。早速、近くの整形外科病院に駆け込む。
レントゲン検査では関節の骨どうしに擦れ傷が見つかったが、たいしたことはないと、注射一本を打たれ、鎮痛剤十日分が処方された。受付で料金を支払うと、「薬が出ますからね」といわれる。そしてこの言葉が災いのもとになった。
私は、薬はてっきり同じ場所で渡されるものと思いこみ、待合室に戻って呼び出しを待った。混んでもいるし時間が掛かるのだろうと、はじめは鷹揚に構えていたが、三十分も待たされると、さすがにおかしいぞと思いはじめた。「薬はまだですか」と窓口に訊いてみる。と、先方は慌てた様子で「薬は薬局で出ますよ」との答え。私は寝ぼけから覚めた思いで、病院では医薬分業体制が敷かれているのを思い出した。それだけ長い年月病院の世話になっていない自分の健康はありがたいことではあるが、浦島太郎のような話である。結局薬は表の薬屋で入手できたが、長時間待たされた時間のロスはもったいないし、悔しいと思った。
いま思うとカウンターの向こう側で、職員二人がちらちらっと私を見ながらひそひそ話をしていたのを思い出す。とっくに支払いを終わった患者が、なぜまだ待合室にいるのかと不審に思われたのであろう。
振り返って、この行き違いは、どっちに責任があるのかと考えてみた。病院に通いなれている人にとっては、病院側の、「薬が出ます」という案内はなんの迷いもなく理解できる言葉であろう。しかし病院のしきたりに馴染みのない者にとっては、薬がどこから出るのかの説明がなければ、単純に同じ場所から薬が出ると解釈するのが普通であろうし、病院側の案内は不親切であるとも受け止められ兼ねない。
もし外国人が巻き込まれていたら、「文化の違いによるコミュニケーションギャップ」としてまじめに議論されていたかもしれない。
Posted by 沖縄エッセイスト・クラブ会員 at 00:00
│会報がじまん