2020年08月10日
がじまん第416号-2(Essay 436)
タクシー運転手 豹変す
ある企業が女性のマナーとして、ハイヒールの着用を強制していることに対して、性差別であるとの観点から物議を醸しているとの新聞記事を読んで、半世紀ほど前の身辺雑事を想起した。
半世紀前に、一体誰が現今のような車社会になると想像し得たでだろうか。ほとんどの家に自家用車が数台もある時代になった。隔世の感。住宅を建て、生活の手立てを考え、職を得て落ち着くのに精いっぱいであった。集落から外に出るには、徒歩か、バス利用であった。職場への往復、買い出しもまたしかり。
小生の住まいは、本島中部、ライカム(Ryukyu Command 。琉球軍司令部)のあった台地の南側盆地、軍用道路五号線(現在の国道三三○号)沿いの奥まったところにあった。停留所から住宅までの道といえば、コーラルが敷き詰められ、途中からは畦道を踏み固めた農道であった。キッチャキはする、履物は晴天でもゴミを被り、雨天の日には、泥は付着する、ヒールはめり込むありさま。
サイは、米軍司令部(Headquarters)の総務課に勤めていた。そこは将校級の職場。身だしなみ、なかでも履物に気を配っていること傍目にも分かった。停留所までの道のりが件のありさまなので、雨天の際には、幸いにも実家が停留所の近くにあったので、そこでハイヒールに履き替えて出勤するのであった。
ある日のこと、サイは勤務終了後、仕事場から指呼の間にある普天間のマチグヮーに買い出しに出かけたそうである。以下サイの話。
当時、普天間には大きな店舗はなく、町屋小(マチヤグヮー)が点在。あの店この店で買い物をして手いっぱい手荷物をぶら下げて停留所に急いでいると、タクシーがすぅーと寄ってきて、「ハイヒールのネーサン 乗らないネー」と運転手の愛想よい声。ハイヒール云々に先ず不快さをおぼえたが、重い手荷物のうえ、停留所まで距離を残しているので、利用することにした。「この車は新車で、ネーサンが初乗り、新口(ミーグチ)に清ら(チュラ)ネーサン 乗せて 嘉例(カリー)付(チ)チョウサ」。初乗りの縁起を大事にみていると言い、油(アンダ)口(グチ)ベラベラである。車はまもなくなだらかな坂道の十字路に差しかかり、交通整理の警察官の指示に従って一時停止、ややあって前の車が流れてきたようで、ゴトッと振動がした。「アリヒャー クヌ人(チョー)は?」と、運転手は言いながら、車外に出て前の車のドライバーと盛んに言い合っている様子。後方からはしきりにクラクション。車に損傷がなかったのか、話がついたのであろう、運転手は戻ってきて、草(クサ)めき(ミチ)面(ジラ)ありあり。「クヌ青二才(オージャーニセー)小(グヮー)ブレーキも分からん」。「今日は チガリトーン、新車(ミーグルマ)ヌ新口(ミーグチ)に女(イナグ)乗せて。嘉例(カリー) 破(クンディ)タン。昔から船の初航海はじめ、乗り物の新口(ミーグチ)には女は乗せない、と言われていた。フントー ヤサ」。憤懣やるかたなき体。
サイは、次の停留所でタクシーを止め、25セントを支払って早々に降りたのであった。
大城盛光
ある企業が女性のマナーとして、ハイヒールの着用を強制していることに対して、性差別であるとの観点から物議を醸しているとの新聞記事を読んで、半世紀ほど前の身辺雑事を想起した。
半世紀前に、一体誰が現今のような車社会になると想像し得たでだろうか。ほとんどの家に自家用車が数台もある時代になった。隔世の感。住宅を建て、生活の手立てを考え、職を得て落ち着くのに精いっぱいであった。集落から外に出るには、徒歩か、バス利用であった。職場への往復、買い出しもまたしかり。
小生の住まいは、本島中部、ライカム(Ryukyu Command 。琉球軍司令部)のあった台地の南側盆地、軍用道路五号線(現在の国道三三○号)沿いの奥まったところにあった。停留所から住宅までの道といえば、コーラルが敷き詰められ、途中からは畦道を踏み固めた農道であった。キッチャキはする、履物は晴天でもゴミを被り、雨天の日には、泥は付着する、ヒールはめり込むありさま。
サイは、米軍司令部(Headquarters)の総務課に勤めていた。そこは将校級の職場。身だしなみ、なかでも履物に気を配っていること傍目にも分かった。停留所までの道のりが件のありさまなので、雨天の際には、幸いにも実家が停留所の近くにあったので、そこでハイヒールに履き替えて出勤するのであった。
ある日のこと、サイは勤務終了後、仕事場から指呼の間にある普天間のマチグヮーに買い出しに出かけたそうである。以下サイの話。
当時、普天間には大きな店舗はなく、町屋小(マチヤグヮー)が点在。あの店この店で買い物をして手いっぱい手荷物をぶら下げて停留所に急いでいると、タクシーがすぅーと寄ってきて、「ハイヒールのネーサン 乗らないネー」と運転手の愛想よい声。ハイヒール云々に先ず不快さをおぼえたが、重い手荷物のうえ、停留所まで距離を残しているので、利用することにした。「この車は新車で、ネーサンが初乗り、新口(ミーグチ)に清ら(チュラ)ネーサン 乗せて 嘉例(カリー)付(チ)チョウサ」。初乗りの縁起を大事にみていると言い、油(アンダ)口(グチ)ベラベラである。車はまもなくなだらかな坂道の十字路に差しかかり、交通整理の警察官の指示に従って一時停止、ややあって前の車が流れてきたようで、ゴトッと振動がした。「アリヒャー クヌ人(チョー)は?」と、運転手は言いながら、車外に出て前の車のドライバーと盛んに言い合っている様子。後方からはしきりにクラクション。車に損傷がなかったのか、話がついたのであろう、運転手は戻ってきて、草(クサ)めき(ミチ)面(ジラ)ありあり。「クヌ青二才(オージャーニセー)小(グヮー)ブレーキも分からん」。「今日は チガリトーン、新車(ミーグルマ)ヌ新口(ミーグチ)に女(イナグ)乗せて。嘉例(カリー) 破(クンディ)タン。昔から船の初航海はじめ、乗り物の新口(ミーグチ)には女は乗せない、と言われていた。フントー ヤサ」。憤懣やるかたなき体。
サイは、次の停留所でタクシーを止め、25セントを支払って早々に降りたのであった。
Posted by 沖縄エッセイスト・クラブ会員 at 00:00
│会報がじまん