2021年01月10日
がじまん第421号-2(Essay 446)
事務局長就任挨拶
沖縄エッセイスト・クラブに入って、何年だろうか。覚えていない。手帳には書いてあるが毎年替わるので、それを集めてきて開くのも大変だ。幸いパソコンには書いたエッセイのファイルが残っているので調べればいい。ハードディスク内のエッセイストというフォルダーには一番古いものでは「いきなりかい」のファイルが幾つかあった。二〇一一年の十一月の日付。そうか、二〇一一年に入会したのだ。電子日記も書いていることを思い出し、そっちも検索してみた。
エッセイストクラブで探すと二〇一一年七月二三日のページが開いた。三時から五時半まで八汐荘でエッセイストクラブ初参加。前月に中山さんから勧誘されていて、役員会の審査・承認を得ての参加だった。この頃、比較的仕事に余裕があり同意したが、半年前だったら断っていたと思う。いいタイミングだった。
続いて八月二七日の日記。合評会参加、中山さんが司会。事務局の内間さんのそばに座って、参加者の名前を確認する。吉田朝啓さんのロンドン留学の話はとてもウイットに富み楽しかった。久田さんの「ガダルカナルの旅」は、引用文が多く、著作権の問題で紛糾。皆から注意を受けるが、本人は馬耳東風。大宜見さんが上手に相手をほめながら、注意していた。お見事。一兵さんは鋭く一刀両断。吉田さんはエッセイのプロらしく、時系列をきちんとすることを指摘。縦糸をしっかり、横糸を膨らませること、などの話あり。
十一月二六日、八汐荘。内間さんのエッセイは素晴らしい。ポジティブの手本。人柄がにじむ。
などの記述がいろいろあって懐かしい。
がじまん二二六号に「奇跡の夜」を寄稿し、翌年発行の『栴檀』に「いきなりかい」が載った。
今年はコロナで、学会や研修会が中止、もしくはオンライン開催になったので、県外出張の予定がすべてなくなった。さらに講演、ウクレレライブも中止になったので、久しぶりに暇な時間ができた。合評会にしっかり出てみようと思ったらこちらも中止に。七月にやっと合評会。先輩達の生活や人生が浮かび上がるエッセイはとても面白い。しかし誤字脱字、単純ミスが多く見つかった。もっと完成度の高いエッセイ集にしなくてはと思う。
それで編集委員になって、原稿校正のお手伝いをしようと思い、九月の役員会に顔を出した。すると内間さんが事務局長を辞めるが、代わりが見つからないとのこと。編集委員会に入るつもりだったので、代わりにやる人がいなければやりますよと申し出た。内間さんは大喜び、我那覇会長も喜んで興奮して、長田さんには足を向けて眠れないとまで言ってくれた。やがて、引き継ぐ段になって、彼らの喜びようの意味が分かった。大変な仕事を引き受けたものだ。それにしても二十年間務めてくれた内間さんご苦労様でした。
長田清
沖縄エッセイスト・クラブに入って、何年だろうか。覚えていない。手帳には書いてあるが毎年替わるので、それを集めてきて開くのも大変だ。幸いパソコンには書いたエッセイのファイルが残っているので調べればいい。ハードディスク内のエッセイストというフォルダーには一番古いものでは「いきなりかい」のファイルが幾つかあった。二〇一一年の十一月の日付。そうか、二〇一一年に入会したのだ。電子日記も書いていることを思い出し、そっちも検索してみた。
エッセイストクラブで探すと二〇一一年七月二三日のページが開いた。三時から五時半まで八汐荘でエッセイストクラブ初参加。前月に中山さんから勧誘されていて、役員会の審査・承認を得ての参加だった。この頃、比較的仕事に余裕があり同意したが、半年前だったら断っていたと思う。いいタイミングだった。
続いて八月二七日の日記。合評会参加、中山さんが司会。事務局の内間さんのそばに座って、参加者の名前を確認する。吉田朝啓さんのロンドン留学の話はとてもウイットに富み楽しかった。久田さんの「ガダルカナルの旅」は、引用文が多く、著作権の問題で紛糾。皆から注意を受けるが、本人は馬耳東風。大宜見さんが上手に相手をほめながら、注意していた。お見事。一兵さんは鋭く一刀両断。吉田さんはエッセイのプロらしく、時系列をきちんとすることを指摘。縦糸をしっかり、横糸を膨らませること、などの話あり。
十一月二六日、八汐荘。内間さんのエッセイは素晴らしい。ポジティブの手本。人柄がにじむ。
などの記述がいろいろあって懐かしい。
がじまん二二六号に「奇跡の夜」を寄稿し、翌年発行の『栴檀』に「いきなりかい」が載った。
今年はコロナで、学会や研修会が中止、もしくはオンライン開催になったので、県外出張の予定がすべてなくなった。さらに講演、ウクレレライブも中止になったので、久しぶりに暇な時間ができた。合評会にしっかり出てみようと思ったらこちらも中止に。七月にやっと合評会。先輩達の生活や人生が浮かび上がるエッセイはとても面白い。しかし誤字脱字、単純ミスが多く見つかった。もっと完成度の高いエッセイ集にしなくてはと思う。
それで編集委員になって、原稿校正のお手伝いをしようと思い、九月の役員会に顔を出した。すると内間さんが事務局長を辞めるが、代わりが見つからないとのこと。編集委員会に入るつもりだったので、代わりにやる人がいなければやりますよと申し出た。内間さんは大喜び、我那覇会長も喜んで興奮して、長田さんには足を向けて眠れないとまで言ってくれた。やがて、引き継ぐ段になって、彼らの喜びようの意味が分かった。大変な仕事を引き受けたものだ。それにしても二十年間務めてくれた内間さんご苦労様でした。
Posted by 沖縄エッセイスト・クラブ会員 at 00:00
│会報がじまん