2024年09月10日
がじまん第465号-1(Essay 533)
詩と一二三
テレビに放送される日本人選手の戦績に一喜一憂したパリオリンピックも7月26日から8月11日までの全日程を終えて閉幕した。日本は金メダル20個、メダル総数45個の、海外で開催されたオリンピック史上、我が国最高の成績を残した。日頃、スポーツは結果ではなく過程が重要だと私は思っているが、日本人選手がメダルを獲得するとやはり嬉しい。これからは寝不足から解放されることも嬉しい。
世界各国から選ばれた選手たちによる戦いは驚異的である。しかし、私が最も衝撃を受けたのは大会2日目の女子柔道52キロ級の2回戦で阿部詩(うた)選手がアゼルバイジャンのディヨラ・ケルディヨロワ選手に谷落としの技で一本負けを喫したことと、その後の大号泣である。彼女は負けた直後は放心状態で自分に何が起こったのか分からない様子だったが、審判員が相手の勝ちを宣告したことで自分の負けを理解したと思われる。競技場から降りた直後、コーチに抱きつき大号泣が始まった。崩れるように床に座り込み大会場に響き渡る号泣が5分以上も続いたと思われる。やっとコーチに支えられて会場を出て行ったが、足はよろよろして自力では歩けない様子だった。その時、「ウタ! ウタ! ウタ!」と観客の励ましのコールが一斉に湧き起こった。美しい光景だった。
人間の理性が崩れる瞬間を目撃するのは悲しい。詩選手の大号泣への批判が国の内外で続出した。負けても毅然としてほしいと私も思う。しかし、翻って彼女の身になって考えると大号泣の意味が分かるような気がする。彼女は2017年2月のグランプリ・デュセルドルフに16歳で優勝して以来、2019年5月のグランドスラム・大阪で2位になった以外は、17大会全て優勝している。2021年7月の東京オリンピックでは兄の一二三(ひふみ)選手と共に金メダルに輝いている。今大会でも兄妹揃っての金メダルが世界中で確実視され、本人も絶対の自信があったと思われる。思いもよらぬ不覚を取った時、自分の夢、兄妹の夢、家族の夢、日本柔道界の期待、日本国民の期待が全て崩れ去ったのだ。これは自分自身が崩れ去ったことに等しいことだろう。負けを知らぬ心の弱点かも知れない。
詩がSNSに「情けない姿をお見せして申しわけありません」と書いた時、一二三は「情けない姿なんかではない」と妹を弁護した。幼い頃から共に頂点を目指してきた兄だけに奈落の底へ落ちたような妹の心が手に取るように分かったのだろう。そして、妹の敗れた直後から始まった男子66キロ級の試合では4戦オール一本勝ちで金メダルを獲得した。「妹の分まで兄がやらなくてはと思い、必死に戦った」と話している。
負けることを知った詩は人間的にも成長し、一段と強くなることだろう。兄妹揃っての金メダルは4年後のロサンゼルス・オリンピックを待ちたい。
中山勲
テレビに放送される日本人選手の戦績に一喜一憂したパリオリンピックも7月26日から8月11日までの全日程を終えて閉幕した。日本は金メダル20個、メダル総数45個の、海外で開催されたオリンピック史上、我が国最高の成績を残した。日頃、スポーツは結果ではなく過程が重要だと私は思っているが、日本人選手がメダルを獲得するとやはり嬉しい。これからは寝不足から解放されることも嬉しい。
世界各国から選ばれた選手たちによる戦いは驚異的である。しかし、私が最も衝撃を受けたのは大会2日目の女子柔道52キロ級の2回戦で阿部詩(うた)選手がアゼルバイジャンのディヨラ・ケルディヨロワ選手に谷落としの技で一本負けを喫したことと、その後の大号泣である。彼女は負けた直後は放心状態で自分に何が起こったのか分からない様子だったが、審判員が相手の勝ちを宣告したことで自分の負けを理解したと思われる。競技場から降りた直後、コーチに抱きつき大号泣が始まった。崩れるように床に座り込み大会場に響き渡る号泣が5分以上も続いたと思われる。やっとコーチに支えられて会場を出て行ったが、足はよろよろして自力では歩けない様子だった。その時、「ウタ! ウタ! ウタ!」と観客の励ましのコールが一斉に湧き起こった。美しい光景だった。
人間の理性が崩れる瞬間を目撃するのは悲しい。詩選手の大号泣への批判が国の内外で続出した。負けても毅然としてほしいと私も思う。しかし、翻って彼女の身になって考えると大号泣の意味が分かるような気がする。彼女は2017年2月のグランプリ・デュセルドルフに16歳で優勝して以来、2019年5月のグランドスラム・大阪で2位になった以外は、17大会全て優勝している。2021年7月の東京オリンピックでは兄の一二三(ひふみ)選手と共に金メダルに輝いている。今大会でも兄妹揃っての金メダルが世界中で確実視され、本人も絶対の自信があったと思われる。思いもよらぬ不覚を取った時、自分の夢、兄妹の夢、家族の夢、日本柔道界の期待、日本国民の期待が全て崩れ去ったのだ。これは自分自身が崩れ去ったことに等しいことだろう。負けを知らぬ心の弱点かも知れない。
詩がSNSに「情けない姿をお見せして申しわけありません」と書いた時、一二三は「情けない姿なんかではない」と妹を弁護した。幼い頃から共に頂点を目指してきた兄だけに奈落の底へ落ちたような妹の心が手に取るように分かったのだろう。そして、妹の敗れた直後から始まった男子66キロ級の試合では4戦オール一本勝ちで金メダルを獲得した。「妹の分まで兄がやらなくてはと思い、必死に戦った」と話している。
負けることを知った詩は人間的にも成長し、一段と強くなることだろう。兄妹揃っての金メダルは4年後のロサンゼルス・オリンピックを待ちたい。
Posted by 沖縄エッセイスト・クラブ会員 at 00:00
│会報がじまん