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2004年09月25日

がじまん第63号

色ざんまい④
―色とは何か? 色と文化や生活―

島元巖

 戦後のある時期、「赤いリンゴに唇寄せて 黙って見ている青い空~」という歌が一世を風靡していた。リンゴの色はいく種類もあるが、一般的には「赤い」というのではないだろうか。その赤いとか青い等の正体は何だろうか。
 ものの本によると、「色は、光が目を刺激することによって生じる視感覚」だという。普通、色とは物質の色を指す。だが、物質に色はないという。色は、それぞれの物質が反射する波長の光が刺激となって、それを脳が感知して生じる現象だという。では、光そのものに色があるのだろうか。光にも色はないという。色は、光によって引き起こされる物理現象であり、生理現象のようである。
 光は、いろいろな長さの波長を持つ電磁波の一種だという。その波長の違いを人間の脳が感知し、いくつかの過程を経て、色として認識するという。とは言っても、人間の目は、ある範囲内の波長しか感知できない。その範囲内の光のことを可視光線だという。それについては、『色々様々な話①』でも触れておいた。
 ところで、電磁波(光)の波長を、どんどん小さくしていくと赤外線になり、さらに小さくしていくと可視光線になり、されに小さくしていくと紫外線になる。赤外線と紫外線は、人間の目には見えないものである。次に、可視光線の波長を示す。
 数字は波長で、単位はナノメートル(nm)である。1ナノメートルは、1ミリメートルの百万分の一の長さである。
 「610から700nm」までの範囲の波長を反射する物体の色は赤系統で、「590から610nm」までを反射すれば橙系統の色になるという。「色」ほどたくさんあるものはない。
 色は、その民族の歴史や文化と深く結びつき、日常生活と深く関わっているらしい。我々が「白い」という一語で一括してしまうものを、エスキモーは数十の言葉で表すという。生活の必要性から、彼らは、その微妙な違いの白色を、いく通りもの語彙で表現するのである。それから、英語文化圏に住む青い目の人達は、虹の色は六色だというらしい。しかし、我々は七色だという。青と紫の間に「藍」を加えるのである。こうして、「青は藍より出て藍より青し」の格言も生まれてきた。


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