2005年02月12日
がじまん第72号
春の夢
―ピンクのさくら きれいネ、ママ、
―よく咲いているわネ、
通りすがりの人々の声をあびている桜。一坪ばかりの囲みの庭に三十八年経た寒緋桜が今年も咲きほころびている。
その桜を眺めながら、去年(こぞ)の春先を思い浮かべている。Tさんの案内で友人たちと辺土名の桃源郷を思わせるような村落を訪れた。川筋から山手へと小ぢんまりした数箇の家並みがあり、人気はない。青空と緑の樹々に照り映えている寒緋桜のみごとさに涙したものである。山裾の薄いピンクや紅の寒緋桜が喜び迎えてくれる。賞でる人々に答えているようだ。那覇の庭先からのぞく桜もいいが、やはり山辺の花むらは一味違う。見る人と見られる花とのタイミングの良さを如実に語っているようだ。花だ、花だと有頂天になっていた頃の若い感傷癖のもたらすものと違う。加齢の賜物か、老成にもたらす至福なのかと、桜の枝ぶりに戸惑いながら情緒に浸る。
友人は昔、感動の余り、寡黙にひたすら国頭の森林公園の遊歩道を奥へと歩む。道辺に琉球あせびがすずやかな花房を揺らしている。足元には薄紫のすみれが一群がりに咲いている。好きな草花なのでしゃがんで愛おしむ。立ち上がった私の視線をとらえたのがサクラツツジ。樹々の緑に淡いピンクの花が一輪。花の妖精では…。じっと見とれていると、胸が熱くときめく。すると花の向こうに視つめている人の顔が―。
あれ!と心をゆらすと、花が微笑んでいる。幻影だったのか。囁く声で心の扉が開く。ねぇ!耳を澄ましてごらん。遠い昔の風の音よ、花弁の香りは、ほれ○○よ。乙女チックに頬を染めて声の方へ目を向けると、ひらひらとメッセージの一葉。掌で受けとめる。桜貝の思い出と重なりもつれる夢心を抱えて読む。夢をはらんで誘い込む声、自由な夜を抱きしめて昨日まで歩いた道。夢想するほどに弾む心とともに、嗚咽がこぼれる。雲間に花が隠れ、夢に亀裂が走る。かつての影絵の裏を鏡に透かしてみる。そうだ現在(いま)をすみれのガラス瓶の中に桜貝とともに封じ込めて、春の渚にそっとおこう。
そして生きている時間が織り込まれている芳しい模様、楽しげに、嬉しげに満身で輝いている。人の生の彩りを心のカンバスに描きとどめておこう。
するすると紗幕があがる。友の笑い声でふとわれにかえる。あっけにとられた様子で友は、私の奇妙な姿態に、何を考えているの?久しぶりの遠出に感極まっているのかなぁ!と。
あゝ、夢想は山原路の森林の精に魅せられてだったのか…。
具志堅康子
―ピンクのさくら きれいネ、ママ、
―よく咲いているわネ、
通りすがりの人々の声をあびている桜。一坪ばかりの囲みの庭に三十八年経た寒緋桜が今年も咲きほころびている。
その桜を眺めながら、去年(こぞ)の春先を思い浮かべている。Tさんの案内で友人たちと辺土名の桃源郷を思わせるような村落を訪れた。川筋から山手へと小ぢんまりした数箇の家並みがあり、人気はない。青空と緑の樹々に照り映えている寒緋桜のみごとさに涙したものである。山裾の薄いピンクや紅の寒緋桜が喜び迎えてくれる。賞でる人々に答えているようだ。那覇の庭先からのぞく桜もいいが、やはり山辺の花むらは一味違う。見る人と見られる花とのタイミングの良さを如実に語っているようだ。花だ、花だと有頂天になっていた頃の若い感傷癖のもたらすものと違う。加齢の賜物か、老成にもたらす至福なのかと、桜の枝ぶりに戸惑いながら情緒に浸る。
友人は昔、感動の余り、寡黙にひたすら国頭の森林公園の遊歩道を奥へと歩む。道辺に琉球あせびがすずやかな花房を揺らしている。足元には薄紫のすみれが一群がりに咲いている。好きな草花なのでしゃがんで愛おしむ。立ち上がった私の視線をとらえたのがサクラツツジ。樹々の緑に淡いピンクの花が一輪。花の妖精では…。じっと見とれていると、胸が熱くときめく。すると花の向こうに視つめている人の顔が―。
あれ!と心をゆらすと、花が微笑んでいる。幻影だったのか。囁く声で心の扉が開く。ねぇ!耳を澄ましてごらん。遠い昔の風の音よ、花弁の香りは、ほれ○○よ。乙女チックに頬を染めて声の方へ目を向けると、ひらひらとメッセージの一葉。掌で受けとめる。桜貝の思い出と重なりもつれる夢心を抱えて読む。夢をはらんで誘い込む声、自由な夜を抱きしめて昨日まで歩いた道。夢想するほどに弾む心とともに、嗚咽がこぼれる。雲間に花が隠れ、夢に亀裂が走る。かつての影絵の裏を鏡に透かしてみる。そうだ現在(いま)をすみれのガラス瓶の中に桜貝とともに封じ込めて、春の渚にそっとおこう。
そして生きている時間が織り込まれている芳しい模様、楽しげに、嬉しげに満身で輝いている。人の生の彩りを心のカンバスに描きとどめておこう。
するすると紗幕があがる。友の笑い声でふとわれにかえる。あっけにとられた様子で友は、私の奇妙な姿態に、何を考えているの?久しぶりの遠出に感極まっているのかなぁ!と。
あゝ、夢想は山原路の森林の精に魅せられてだったのか…。
Posted by 沖縄エッセイスト・クラブ会員 at 00:00
│会報がじまん