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2008年03月10日

がじまん第143号

回想の冬山
城間政州

 二月に入ってからこれまでの暖冬が、沖縄でも急に寒くなってきた。北国や九州あたりからも大雪や雪害のニュースが届いてくる。
 大雪といえば若き日の冬山を思い出す。五十数年前岡山で学生生活を送っていた頃、山岳部にいたので冬休みは毎年のように冬山に入っていた。山は鳥取の大山(だいせん)が多かったが、他に北アルプスの立山は剣岳などにもよく行った。
 休みに入るとキスリングという山岳用の独特な形をしたリュックサックに寝具や食料、登山用具、衣類、燃料その他入用品を詰めて背負い、スキーを担いで早朝の駅に集まる。落ち合った部員は誰もが退屈な講義や実習から解放されて目が輝き、浮き浮きして冗舌になっている。
 ベースになる山小屋に着いた日は翌朝の頂上アタックに備えて早めに床に就く。翌朝は未明に起きて支度し、空が白む頃には出発する。冬の日は短いので暗くならないうちに山小屋に戻るためだ。
 雪が深い時は先頭を行く者が雪を分けて踏み固め道を開きながら、つまりラッセルして進んで行く。ラッセルはかなりの重労働なのでパーティーの各自が代わり番こでやる。パーティーは普通三~五名で組んだ。
 山の天気は変わりやすい。尾根の肩あたりを登っていると急に足下からガス(霧やもや、雨雲など)が湧いてきて今まで晴れていた青空が見る間にかき消され、あたりがガスに包まれ視界がきかなくなり、先を歩いていた仲間も見えなくなる。時には吹雪いてきて雪片が頬に貼りつく。気温は零下十五度くらいだ。鼻や口を被ったマスクがパリンパリンに凍りついている。そんな時は立ち止まり、大声で呼び合い位置と無事を確認する。時には体をザイル(登山用ロープ)で結び合って万一に備えることもある。また風の吹いてくる反対側の尾根の肩に移り、しばらく様子を見ることになる。長引けば雪洞を掘ってその中でお互いの体を寄せ合って酷寒から身を守る。最悪の場合、待っている間に日が暮れるのでビバーク(一夜を過ごす)を余儀なくされることもある。そのための最小限の食料は持っている。のどが渇きには雪を噛めばよい。
 頂上に着いた時はさすがにホッとする。晴れた日には三百六十度のパノラマが祝福してくれる。魔法瓶の中の熱い甘みをきかせたココア味が忘れられないものになる。
 頂上が吹雪いている時は長居は禁物だ。二、三分で惜しみながら下山することもあった。下山は登る時より気の緩みがあり、滑落などの事故を用心しなければならない。
 山小屋に着いて、翌日帰る日であれば余った薪を外に持ち出してキャンプファイアを焚く。みんなの顔が火に映える。自らの体力と気力で冬山を体験したことへの歓喜で、満足し高揚している。そのうちに誰となく山の歌を歌い出し、次々と歌い継ぎ流行歌や民謡もまぎれこんでくる。
 山は更けて行く。が宴は尽きることがない。


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