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2008年06月05日

がじまん第147号

重なる二つの影
宮城恒彦

 私の故郷、座間味島は沖縄戦における米軍上陸の第一歩の地である。そして、歴戦の勇士である米兵たちに「オー、マイゴッド!」と言わせた、目を覆うような集団自決の場面が展開された島でもある。今は昔を偲ぶ面影は残っていないが、空と海だけがあの惨劇を知っている。新北風が吹き始める頃から初春にかけて遊泳する鯨の見学に、夏になると、島の海に魅せられて、多くの観光客がやってくる。その中にアメリカ人たちも見かける。
 数年前の夏、里帰りした時のことである。楽しみにしていた沖釣りに二人の甥に案内された。民宿を営んでいる彼らの家に宿泊していた二人の大柄なアメリカの女性も同乗させ、途中、彼女たちは無人島で下船させた。
 私たちは近くの釣り場でグルクン(タカサゴ)釣りを満喫して大漁で帰途についた。
 そして、アメリカ女性たちを乗せるために彼女たちを降ろした無人島に寄った。近づいていくと、彼女たちは海中からもぎ取ったであろう色鮮やかな盆の大きさのテーブル珊瑚を自慢げに抱えて砂浜を軽やかに歩いてやってきた。
 それを目ざとく見つけた甥の一人が叫んだ。
「ヘーイ! ヘーイ! ノー。ユー ポリス.
 リターン イン ザ シイ。ハリャップ」
 おそらく、(この珊瑚は取ってはいけない。見つかると、警察に捕まるよ。早く海に戻してきなさい)と告げようとしたのであろうが、こんな英語が彼女たちに通じるはずがない。喜んでいた彼女たちの顔色が困惑に変わった。珊瑚を手にしたまま戸惑っている。
 甥たちは大げさな身振り手振りで海を指しながら、同じ言葉を繰り返し今にも飛び掛らんばかりの剣幕である。そんなに怒らないでもいいのに、と私は思ったが、海の保護に努力と愛情を注いでいる彼らに頼もしさを感じて爽快でもあった。
 彼女たちから珊瑚を受け取った甥の一人が、海中に潜って戻してきた。帰りの船の中で濡れたまま座っている二人のアメリカ女性は声も出さなかった。
 沈みかけた夕日で辺りの山々は黄金色に映え、観光客を乗せた数々の遊漁船が夕凪の海上を家路へと急いでいる。
 船が岬を回り、港の入り口に差し掛かった頃、ふと、映像で見た沖縄戦で、座間味へ進攻していく米軍の数十隻の上陸用舟艇と硝煙に包まれ、艦砲や空襲でやられて、ただれた村の風景と、この眼前ののどかな山河や賑わう港との風景が重なった。
 歌の文句の「昨日の敵は今日の友」のごとく、当時、敵であった国の女性たちが同じ船に乗り合わせている。しかも、悪戯を注意されて神妙にして居る子どものように小さくなって。


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