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2008年09月01日

がじまん第151号

植物の香り
吉田朝啓

 すべての植物は、どうも香りを出すらしい。人間の鼻には感じられない程度の濃度でも、空中に発散して何かを訴えているらしいのだ。何のために香りを出すのか、草木にはそれぞれの都合があるのだろうが、自身の生存のためでもあり、その属する種族の繁栄のためでもあると、いわれている。なかには、しかし、例えば、蝶々を呼び寄せて卵を産ませ、その夥しい意阿須の幼虫に葉っぱを食べさせて、自身は惨憺たる姿になっても、なお同じ蝶々を引き寄せる香りを出し続ける種類の植物もあり、逆に、忌避性の匂い物質の厚い膜を張り巡らしたように虫一匹寄せ付けない特殊な仕組みを持つ植物もあって、玄妙な生き物の世界には驚かされる。
 一方、動物たちは巨大な象から微小な虫に至るまで、植物の発する香りを嗅覚で探り当てて、絶妙な相互関係を保っているようである。遠くヨーロッパ大陸の端から端まで分子レベルの香り物質を感知して移動するミツバチもあるという。生まれ育った川から海へ流れ出て、大海原で成長して後、再び生まれ故郷の川の上流に帰っていく鮭・鱒の類は、植物の香りではないが、やはり水中の香り物質を探る嗅覚が頼りだという。なのに、人間は植物の発散する揮発性の物質(フィトチン)や、ハーブとかクスノキなどの植物全体から発する匂い物質をようやく嗅ぎ取るだけである。
 動物に比べて一万倍以上も鈍感な人間の嗅覚だといわれるが、幸い、大抵の花の香りだけはちゃんと感ずるほどの嗅覚は神から与えられていて、ほっとする。香りの高い花を咲かせる植物にとっては、受粉のための仕掛けでもあるのだろうし、花の次に結ぶであろう果実を想像させて、やたら刈り取られないように身を守るための仕掛けでもあるのだろう。
 生存のための植物のからくりがこのように真摯である一方で、人間の花の香りに寄せる情念はマイルドでロマンチックである。古代から花にまつわる文化を育てて、人間独特の境地を開いてきた。それぞれの国や地方の花を取り入れた歌や踊りや物語を創り、感性を膨らませてきた。例えば、日暮れ時から香りを発散する夜香花の場合、余りにも香りが妖艶過ぎて、人によっては何か女の怨念を思わせるらしく、沖縄では「ゆーりーばな(幽霊花)」と表現したり、清楚な香りのテッポウユリには、「姫ユリ」と名づけたりして人間の情念を花の香りに託したりするものである。花ではなくて葉や枝や木質の特殊な香りを提供して人間に珍重される類の植物も少なくない。
 こうしてみると、人間を含めた動物界全体は、香りを介して植物との間で広範で微妙な相互関係を結んでいるといえる。


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