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2008年10月15日

がじまん第154号

科学万能主義を危ぶむ
伊志嶺安進

 ある知り合いの老女から頂いた年賀ハガキの文中、気の利いた箇所があり巧妙な文脈に思わず微笑みました。
 「宇宙も近くなり、近未来に上陸できるのかも知れませんね。長生きしないと損しますので健康にご留意くださいませ。万能細胞とやらも出来て、病魔を退治しますから死ぬ人はいませんね」とハガキの余白に書き添えられていました。ほんとうに宇宙旅行が賑わう日があるのか、生(な)まの肉体が永遠に行き続けられるのかと疑問を軽い気持ちで投げかけてすましているように感じました。
 「巡査と医者がわが家の隣りに住んでいれば絶対安全だ」とは幼いころ私も友だちも思っていました。いまはどんなに用心してもし過ぎることがない世の中です。
 例年九月一日は「防災の日」です。全国各地で、今年も「防災訓練」が一斉に行われました。
 いまや災害の規模は昔とは天と地の違いになってまいりました。第二次大戦中に流行した歌「トントントンカラリと隣組 地震や雷 火事 親父」を歌うにしたがって気持ちが明るくなって深刻に災禍を怖れる音調ではなくて、いまいう「ナツメロ」のようにいつも親しまれていました。
 最近の恐ろしいニューヨーク同時多発テロ、スマトラ大津波、岩手・宮城内陸地震など、自然災害と人災がいつわが身に襲いかかるのか不安に心が動揺する時代となりました。
 私も長崎で人類初の原子爆弾の炸裂を体験しました。一瞬のうちに無数の死者、焦土と化した瓦礫のみが残った見るかげもない町の光景は言語に絶する史上最大の惨事でした。
 かつて、ヘンリー・ベックレルという人が放射能の事実を指摘し、それを追うようにイギリスのピエール・キューリー夫妻が闡明(せんめい)にしてより世界中が原子物理学を急速に発展させました。二人の世界的ノーベル賞学者の大発見が時とともに原子核の研究に拍車がかかり頂点に達したころ、皮肉にも核爆弾の出現へと悪魔に悪用され、広島、長崎を犠牲にしてしまいました。あまりにも残酷であり、人道に許されるものではありません。
 科学文明が人類に多大の貢献をしたことは周知のとおりです。しかし森羅万象…動物・植物、小さな生物にいたるまで巧妙に生命活動をしているのに、一網打尽のうちに尊い命を奪ったことは断じて許されません。
 どんな部門の学術でも悪用すれば最悪の犯罪です。純粋に真理の追究をしている場所にサタンの出入りが近未来にないとはいえません。
 たった一枚の年賀ハガキの何気ない文の裏に沈められた精神は、限りなく発展を続けている科学万能主義を危惧している示唆だと受け取り、思わず微笑が浮かびました。


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