2011年11月20日
がじまん第226号
奇跡の夜
十月のある日、講演会の座長を頼まれ七時開始の五分前にナハテラスホテルに到着した。大宴会場に行くと誰もいない。ガーン、場所を間違えたのだ。一瞬頭が真っ白になる。震度五くらいの揺れが身体を襲う。恐らく建物ではなく、足がガクガクしているのだろう。最近の講演会は全部ナハテラスだったのに。九月だってそう、中山先生の講演会の司会をしたばかりだったのに、それがどうして…。言い訳の材料が次々浮かんでくる。
そして、胸の高鳴りと同時にカタストロフィーのイメージが浮かんでくる。会場では主催者が混乱して「長田先生に連絡を取りなさい」と慌てている。何ていい加減な人間なんだ、みんなに迷惑かけてしまった。どうやってお詫びしようか。首をくくるか、これは言葉のあやで、そんなことはできない。医者を辞めるか、そこまでしなくても、でも何らかのけじめはつけないといけない、役職を幾つか降りる、頭の中で破滅のイメージが進行する。
エレベーターを使うのももどかしく、三階から一階まで階段を駆け下りる。間に合わずとも駆けつけるしかない、急げ会場を目指せ。その瞬間大事な事に気がつく。講演会の案内チラシがない、場所が分からない。誰に電話しようか、どこへ尋ねようか、可能な方法を探して頭は忙しく働く。教授にお詫びの電話をとも思うが、これも携帯の番号を聞いてない…。駆け出したい思いで逸る心に、行き先の分からない現実が脚にブレーキをかけ、ロビー中央で立ち往生。無意識にポケットに手を入れると、タクシーチケットの小さな封筒が指に触れた。役に立たないと思いつつ取り出すと、何と奇跡が起こった。封筒に、『医師会館三階』と書かれている。ヤッター、場所が分かった。
急いでホテルスタッフに「タクシー呼んでください」と言うと、何と「一台待機しています」とすぐに返事があった。またまたラッキー。すぐにタクシーに飛び乗る。会場に電話して事務局を呼び出すと「大丈夫ですよ、まだ教授も来られていないし七時二十分からなので間に合いますよ」と言われてホッとする。時間も間違えていたようだ。会話を聞いていた運転手が「急ぎましょうね」と言ってくれる。ありがとう! ありがとう! みんなやさしいね。でも道が渋滞しているから無理、と思いきや、裏道を飛ばしてスイスイ車は進む。運転手君、グッジョブ!
会場が近づくにつれて安心感からか、普段の行いが良いからこんな風に助けられるんだ、と思うようになる。地獄から天国へ。ギリギリで会場に到着。みんなから笑顔で迎えられて調子に乗って、親指を立てる。腹でも切ろうかと、深刻に悩んだのも束の間、また普段の吞気な男に戻っている。折角の反省心はタクシーに置き忘れて来てしまったらしい。
長田清
十月のある日、講演会の座長を頼まれ七時開始の五分前にナハテラスホテルに到着した。大宴会場に行くと誰もいない。ガーン、場所を間違えたのだ。一瞬頭が真っ白になる。震度五くらいの揺れが身体を襲う。恐らく建物ではなく、足がガクガクしているのだろう。最近の講演会は全部ナハテラスだったのに。九月だってそう、中山先生の講演会の司会をしたばかりだったのに、それがどうして…。言い訳の材料が次々浮かんでくる。
そして、胸の高鳴りと同時にカタストロフィーのイメージが浮かんでくる。会場では主催者が混乱して「長田先生に連絡を取りなさい」と慌てている。何ていい加減な人間なんだ、みんなに迷惑かけてしまった。どうやってお詫びしようか。首をくくるか、これは言葉のあやで、そんなことはできない。医者を辞めるか、そこまでしなくても、でも何らかのけじめはつけないといけない、役職を幾つか降りる、頭の中で破滅のイメージが進行する。
エレベーターを使うのももどかしく、三階から一階まで階段を駆け下りる。間に合わずとも駆けつけるしかない、急げ会場を目指せ。その瞬間大事な事に気がつく。講演会の案内チラシがない、場所が分からない。誰に電話しようか、どこへ尋ねようか、可能な方法を探して頭は忙しく働く。教授にお詫びの電話をとも思うが、これも携帯の番号を聞いてない…。駆け出したい思いで逸る心に、行き先の分からない現実が脚にブレーキをかけ、ロビー中央で立ち往生。無意識にポケットに手を入れると、タクシーチケットの小さな封筒が指に触れた。役に立たないと思いつつ取り出すと、何と奇跡が起こった。封筒に、『医師会館三階』と書かれている。ヤッター、場所が分かった。
急いでホテルスタッフに「タクシー呼んでください」と言うと、何と「一台待機しています」とすぐに返事があった。またまたラッキー。すぐにタクシーに飛び乗る。会場に電話して事務局を呼び出すと「大丈夫ですよ、まだ教授も来られていないし七時二十分からなので間に合いますよ」と言われてホッとする。時間も間違えていたようだ。会話を聞いていた運転手が「急ぎましょうね」と言ってくれる。ありがとう! ありがとう! みんなやさしいね。でも道が渋滞しているから無理、と思いきや、裏道を飛ばしてスイスイ車は進む。運転手君、グッジョブ!
会場が近づくにつれて安心感からか、普段の行いが良いからこんな風に助けられるんだ、と思うようになる。地獄から天国へ。ギリギリで会場に到着。みんなから笑顔で迎えられて調子に乗って、親指を立てる。腹でも切ろうかと、深刻に悩んだのも束の間、また普段の吞気な男に戻っている。折角の反省心はタクシーに置き忘れて来てしまったらしい。
Posted by 沖縄エッセイスト・クラブ会員 at 00:00
│会報がじまん