2012年12月20日
がじまん第252号
似てますね
最初に芸能人で似ていると言われた相手は、タレントのミッキー安川だった。二十歳頃のことである。中学時代に彼の抱腹絶倒アメリカ留学記を読んでファンになっていたので、嬉しかった。その後三十歳前後に言われたのが演歌歌手の吉幾三。彼の「俺は絶対プレスリー」という曲が好きだったので、これも嬉しかった。どちらも初対面の相手から、何度となく言われたので、その言葉に信憑性を感じた。二人共茶目っ気たっぷりで活動的なタレントである、外見だけでも似ていると言われたのは密かな自慢だった。
四十歳少し前、勤めていた岡山の病院の忘年会でのこと。余興で医師が女装させられるのは恒例であった。顔には白粉を塗りたくられ口紅も引かれ、頭にはカツラも乗った。病棟スタッフと一緒に踊って各テーブルの間を練り歩いた。「わー、きれい!」「素敵!」というゾクゾクする快感の言葉を浴びていたが、どこからか「増位山やな」という男の声が聞こえてきた。冷水を浴びせられた気がして、控え室に戻ると早速鏡に自分の姿を映してみた。そこには艶やかな女性はいなかった。予想に反して、相撲取りがいた。我が目を疑ったが、白塗りの顔に紅でかたどられた唇、ビールで充血した赤い目、上気して赤みを帯びた胸元、小太りの顔の輪郭、当時は今より十㎏は太っていたので言われて見れば相撲取り。女性陣の歓声より、「増位山やな」の呟きの方が真実の声であった。我に返った私は急いで化粧を落とし、その後二度とこの趣味にはまることがなかったのは幸いである。
五十代になると言われ出したのが、作詞家のなかにし礼、ほどなくして映画監督の周防正行(『Shall we ダンス』)。どちらも白髪と眼鏡が共通点で寡黙な印象。意外だったが、これも初対面の人によく言われたので、似ていることには抗えなかった。
六十代になり立ての頃、若者に流行っているCDを予約注文すると、その歌手がよく被るニット帽がおまけで付いてきた。早速被ってみたが自分ではいいかどうか分からない。女房に聞くと、言下に「止めなさい!」と言われた。だが納得がいかない。都会ではみんなが被っていて、必ずや良い物に違いない。女房はその価値が分からないんだと心の中で思った。それで東京出張したときに、密かに鞄に忍ばせて、羽田空港に着くや否やこのニット帽を被った。どうだ、これで都会のおしゃれな感じが出ただろうと胸を張ってモノレールに乗った。
混雑する人の合間から目を車外にやる。暮れゆく外の景色が暗くなるにつれて社内の様子が映るようになる。外が真っ暗になった時、はっきり見えてきた。そこに居たのは俳優の田中邦衛だった。『北の国から』のドラマでニット帽を被っていた。その彼がいる。都会の若者風に被ってみたが、そこには北海道の田舎のおじいさんがいた。急いで帽子を脱いだ。この帽子はわずか二十五分で本来の使命を終えた。その後はカメラのレンズを包んでいる。
長田清
最初に芸能人で似ていると言われた相手は、タレントのミッキー安川だった。二十歳頃のことである。中学時代に彼の抱腹絶倒アメリカ留学記を読んでファンになっていたので、嬉しかった。その後三十歳前後に言われたのが演歌歌手の吉幾三。彼の「俺は絶対プレスリー」という曲が好きだったので、これも嬉しかった。どちらも初対面の相手から、何度となく言われたので、その言葉に信憑性を感じた。二人共茶目っ気たっぷりで活動的なタレントである、外見だけでも似ていると言われたのは密かな自慢だった。
四十歳少し前、勤めていた岡山の病院の忘年会でのこと。余興で医師が女装させられるのは恒例であった。顔には白粉を塗りたくられ口紅も引かれ、頭にはカツラも乗った。病棟スタッフと一緒に踊って各テーブルの間を練り歩いた。「わー、きれい!」「素敵!」というゾクゾクする快感の言葉を浴びていたが、どこからか「増位山やな」という男の声が聞こえてきた。冷水を浴びせられた気がして、控え室に戻ると早速鏡に自分の姿を映してみた。そこには艶やかな女性はいなかった。予想に反して、相撲取りがいた。我が目を疑ったが、白塗りの顔に紅でかたどられた唇、ビールで充血した赤い目、上気して赤みを帯びた胸元、小太りの顔の輪郭、当時は今より十㎏は太っていたので言われて見れば相撲取り。女性陣の歓声より、「増位山やな」の呟きの方が真実の声であった。我に返った私は急いで化粧を落とし、その後二度とこの趣味にはまることがなかったのは幸いである。
五十代になると言われ出したのが、作詞家のなかにし礼、ほどなくして映画監督の周防正行(『Shall we ダンス』)。どちらも白髪と眼鏡が共通点で寡黙な印象。意外だったが、これも初対面の人によく言われたので、似ていることには抗えなかった。
六十代になり立ての頃、若者に流行っているCDを予約注文すると、その歌手がよく被るニット帽がおまけで付いてきた。早速被ってみたが自分ではいいかどうか分からない。女房に聞くと、言下に「止めなさい!」と言われた。だが納得がいかない。都会ではみんなが被っていて、必ずや良い物に違いない。女房はその価値が分からないんだと心の中で思った。それで東京出張したときに、密かに鞄に忍ばせて、羽田空港に着くや否やこのニット帽を被った。どうだ、これで都会のおしゃれな感じが出ただろうと胸を張ってモノレールに乗った。
混雑する人の合間から目を車外にやる。暮れゆく外の景色が暗くなるにつれて社内の様子が映るようになる。外が真っ暗になった時、はっきり見えてきた。そこに居たのは俳優の田中邦衛だった。『北の国から』のドラマでニット帽を被っていた。その彼がいる。都会の若者風に被ってみたが、そこには北海道の田舎のおじいさんがいた。急いで帽子を脱いだ。この帽子はわずか二十五分で本来の使命を終えた。その後はカメラのレンズを包んでいる。
Posted by 沖縄エッセイスト・クラブ会員 at 00:00
│会報がじまん