2013年03月05日
がじまん第257号
そっちかよ
娘が小学校三年生の時である。手塚治虫の漫画『ブッダ』を読んでいた娘が驚嘆の声を上げた。「すごーい!」そして深い溜め息をついて「私にはできない…」と首を振った。何のことかと漫画をのぞき込むと、旅の貧しい僧侶をもてなそうと、たき火を囲んで、多くの動物たちがお供えとして少しずつ食べ物を持ち寄っていた。すると手ぶらの一羽のウサギは「何も差し上げる物がありません」と言って、炎に身を投じて自らの体を差し出したのであった。そのウサギが釈迦の前世の姿である。その場面は大人の私とて、一瞬胸が凍り付き言葉も出ない衝撃を受けた。その意味は、貧しい人々を野生の動物として比喩で表し、仏の教えを尊び、お互いが助け合うことの大切さを教えている場面とは分かった。だが根っからのおふざけ人間である私はすぐさま「お父さんも昔、同じことをしたことがあるよ」と真顔で娘に話した。
「えっ、どういうこと?」娘がくいついてきた。「お父さんは、最初エベレスト山の近くで雪として生まれたんだ。冷たい雪の結晶から空に登って雲になって、その雲が風に流されてインドやタイの上空を越えて南方の名も無い島に雨となって落ちたんだ。お父さんを受けとめてくれたのはその島で一番背の高い椰子の木だった。暫く椰子の木になって南の島を愉しんでいたが、気がついたら椰子の実となって海の上を漂っていた。黒潮に乗って流れ着いたのが沖縄本島の北部。海岸で遊んでいた子ども達に拾われて、蹴られたり、投げられたりしていじめられていたのを、通りかかった太郎という漁師に助けられて、家に連れて帰ってもらった。しばらく仏壇に飾られていたんだけど、お盆の時に割られ食べられ、気がついたら今度はその庭で飼われている豚になったんだ」
娘はまっすぐこっちを見て話を聞いている。普段から娘とは想像の世界の話をして楽しんでいる。時空を越えた話をしても、ありえない話をしてもついてくる。というより娘の方からも奇想天外な話が持ち出される。それでブッダの話から思いついて輪廻転生を娘にパロディとして話しているのである。「太郎さんは豚の僕をとても可愛がってくれたんだけど、ある日母親が病気になって、その薬代が必要になったんだ。恩返しをしたいと思った僕は進み出て、僕を売ってちょうだいとお願いしたので、太郎さんは泣く泣く僕を市場に連れて行ってお金に換えたんだ。それで僕は丸焼きになって、市場に並ぶことになった。そこにお母さんが現れて僕を一目で気に入って買ってくれたんだ」
そこまで話したところで娘が「ウソだ!」と叫んだ。え? ファンタジー好きな娘がこの話を否定? さすがにほら話も度が過ぎたかなと、反省しかけたところに娘が続けた。「あのプライドの高いお母さんが、豚を好きになるはずがない!」…そっちかよ。前半の話は信じてくれたんだと、ホッと胸を撫で下ろすと同時に、娘の観察力の鋭さにドキッとした一幕であった。後でこの話を聞いた女房も「そうよ、豚とは結婚しないわ」と笑っていた。
長田清
娘が小学校三年生の時である。手塚治虫の漫画『ブッダ』を読んでいた娘が驚嘆の声を上げた。「すごーい!」そして深い溜め息をついて「私にはできない…」と首を振った。何のことかと漫画をのぞき込むと、旅の貧しい僧侶をもてなそうと、たき火を囲んで、多くの動物たちがお供えとして少しずつ食べ物を持ち寄っていた。すると手ぶらの一羽のウサギは「何も差し上げる物がありません」と言って、炎に身を投じて自らの体を差し出したのであった。そのウサギが釈迦の前世の姿である。その場面は大人の私とて、一瞬胸が凍り付き言葉も出ない衝撃を受けた。その意味は、貧しい人々を野生の動物として比喩で表し、仏の教えを尊び、お互いが助け合うことの大切さを教えている場面とは分かった。だが根っからのおふざけ人間である私はすぐさま「お父さんも昔、同じことをしたことがあるよ」と真顔で娘に話した。
「えっ、どういうこと?」娘がくいついてきた。「お父さんは、最初エベレスト山の近くで雪として生まれたんだ。冷たい雪の結晶から空に登って雲になって、その雲が風に流されてインドやタイの上空を越えて南方の名も無い島に雨となって落ちたんだ。お父さんを受けとめてくれたのはその島で一番背の高い椰子の木だった。暫く椰子の木になって南の島を愉しんでいたが、気がついたら椰子の実となって海の上を漂っていた。黒潮に乗って流れ着いたのが沖縄本島の北部。海岸で遊んでいた子ども達に拾われて、蹴られたり、投げられたりしていじめられていたのを、通りかかった太郎という漁師に助けられて、家に連れて帰ってもらった。しばらく仏壇に飾られていたんだけど、お盆の時に割られ食べられ、気がついたら今度はその庭で飼われている豚になったんだ」
娘はまっすぐこっちを見て話を聞いている。普段から娘とは想像の世界の話をして楽しんでいる。時空を越えた話をしても、ありえない話をしてもついてくる。というより娘の方からも奇想天外な話が持ち出される。それでブッダの話から思いついて輪廻転生を娘にパロディとして話しているのである。「太郎さんは豚の僕をとても可愛がってくれたんだけど、ある日母親が病気になって、その薬代が必要になったんだ。恩返しをしたいと思った僕は進み出て、僕を売ってちょうだいとお願いしたので、太郎さんは泣く泣く僕を市場に連れて行ってお金に換えたんだ。それで僕は丸焼きになって、市場に並ぶことになった。そこにお母さんが現れて僕を一目で気に入って買ってくれたんだ」
そこまで話したところで娘が「ウソだ!」と叫んだ。え? ファンタジー好きな娘がこの話を否定? さすがにほら話も度が過ぎたかなと、反省しかけたところに娘が続けた。「あのプライドの高いお母さんが、豚を好きになるはずがない!」…そっちかよ。前半の話は信じてくれたんだと、ホッと胸を撫で下ろすと同時に、娘の観察力の鋭さにドキッとした一幕であった。後でこの話を聞いた女房も「そうよ、豚とは結婚しないわ」と笑っていた。
Posted by 沖縄エッセイスト・クラブ会員 at 00:00
│会報がじまん