2013年06月05日
がじまん第263号
伊集の花ぬらし雨
沖縄も梅雨に入った。平年よりも少し遅い梅雨入りで、平年は五月九日ごろという。(十四日午前十一時、沖縄気象台の発表による)
ところで、四月下旬に私の住むマンションの恒例行事で北部観光に出かけた。バスが石川あたりに来ると高速道路の両側にはポツポツと白い花が見えはじめた。そう、伊集の花だ。名護に近くなるにつれ、伊集の花群は数を増し、ほのかな甘い香りまで漂ってくるようだ。
バスのガイドさんは得意の喉をご披露、例の琉歌「伊集の木の花やあんきょらさ咲きゆり わぬも伊集やとて真白咲かな」を唄い「伊集の花は五月から六月、沖縄の梅雨入りの頃に咲きます。それで沖縄の梅雨は 伊集の花を濡らす雨、伊集の花ぬらし雨とも言うのです」と説明した。そうかぁ〝伊集の花ぬらし雨〟とは何て素適、と思った。じめじめしたイヤな梅雨のイメージが一変する言葉ではないかと。
そういえば、桜の花びらを散らす雨のことを「花散らしの雨」ということを聴いた。これも素適だ。
去る四月初旬、東京でのこと。都心の桜は疾うに盛りをすぎていたが、多摩あたりは満開ということだった。何気なく視ていたテレビの気象情報で「明日の夕方にかけて局地的に雨が降り、桜が咲き進んだ所では花散らしの雨となるでしょう」との気象予報士の言葉。「花散らしの雨」とは短歌に使えそう、などと妄想をしながら、手元の電子辞書の広辞苑をみると「花散らし」の意味が載っている。「三月三日を花見とし、翌日若い男女が集会して飲食すること。(九州北部地方で言う)」とある。どうやら元々は歌垣的な意味合いをもつ言葉らしい。語義がわかってしまうと安易に使えなくなる。
安易に使えない言葉といえば、こんなこともあった。ある有名歌人が「逢うは逢引の意で滅多に使うものではありません」と歌の初心者だった私たちに釘をさした。しかし、実際は老若問わずに普通に使われている。当の歌人がまだ拘っておられるかどうかは知らない。
また、最近の話だが、「焔立つ」はダメ。絶対にだめ、といわれた。「自分を鼓舞する意味で∧焔たたせよ∨という女性の歌を見かけて赤面した」との由。辞書を繙くと確かにそうだ。でも、絢爛たる鳳凰木の開花を「焔立つ」と比喩的に使うのはいいかしら? 語義に拘るのもいいが、もっと自由に歌をつくりたい。
「伊集の花ぬらし雨」から横道に逸れてしまったが、この時期ヤンバルの森は伊集の花が満開で折からの梅雨にうたれ、より白く映えているだろう。清楚な伊集の花の姿に今年も逢いに行かなければ…。
永吉京子
沖縄も梅雨に入った。平年よりも少し遅い梅雨入りで、平年は五月九日ごろという。(十四日午前十一時、沖縄気象台の発表による)
ところで、四月下旬に私の住むマンションの恒例行事で北部観光に出かけた。バスが石川あたりに来ると高速道路の両側にはポツポツと白い花が見えはじめた。そう、伊集の花だ。名護に近くなるにつれ、伊集の花群は数を増し、ほのかな甘い香りまで漂ってくるようだ。
バスのガイドさんは得意の喉をご披露、例の琉歌「伊集の木の花やあんきょらさ咲きゆり わぬも伊集やとて真白咲かな」を唄い「伊集の花は五月から六月、沖縄の梅雨入りの頃に咲きます。それで沖縄の梅雨は 伊集の花を濡らす雨、伊集の花ぬらし雨とも言うのです」と説明した。そうかぁ〝伊集の花ぬらし雨〟とは何て素適、と思った。じめじめしたイヤな梅雨のイメージが一変する言葉ではないかと。
そういえば、桜の花びらを散らす雨のことを「花散らしの雨」ということを聴いた。これも素適だ。
去る四月初旬、東京でのこと。都心の桜は疾うに盛りをすぎていたが、多摩あたりは満開ということだった。何気なく視ていたテレビの気象情報で「明日の夕方にかけて局地的に雨が降り、桜が咲き進んだ所では花散らしの雨となるでしょう」との気象予報士の言葉。「花散らしの雨」とは短歌に使えそう、などと妄想をしながら、手元の電子辞書の広辞苑をみると「花散らし」の意味が載っている。「三月三日を花見とし、翌日若い男女が集会して飲食すること。(九州北部地方で言う)」とある。どうやら元々は歌垣的な意味合いをもつ言葉らしい。語義がわかってしまうと安易に使えなくなる。
安易に使えない言葉といえば、こんなこともあった。ある有名歌人が「逢うは逢引の意で滅多に使うものではありません」と歌の初心者だった私たちに釘をさした。しかし、実際は老若問わずに普通に使われている。当の歌人がまだ拘っておられるかどうかは知らない。
また、最近の話だが、「焔立つ」はダメ。絶対にだめ、といわれた。「自分を鼓舞する意味で∧焔たたせよ∨という女性の歌を見かけて赤面した」との由。辞書を繙くと確かにそうだ。でも、絢爛たる鳳凰木の開花を「焔立つ」と比喩的に使うのはいいかしら? 語義に拘るのもいいが、もっと自由に歌をつくりたい。
「伊集の花ぬらし雨」から横道に逸れてしまったが、この時期ヤンバルの森は伊集の花が満開で折からの梅雨にうたれ、より白く映えているだろう。清楚な伊集の花の姿に今年も逢いに行かなければ…。
Posted by 沖縄エッセイスト・クラブ会員 at 00:00
│会報がじまん