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2013年10月20日

がじまん第272号

ンで始まるしまくとぅば
吉田朝啓
    
 沖縄のしまくとぅば(方言)が消滅の危機にあるという。なるほど、身の回りで日常耳に入る言葉は、やまとぐちであり、うんと親しい同年輩の友人とたまに会うとき以外、方言を使うことは、まずない。
 月に一度の模合を兼ねた同期会では、豪華な食事もさることながら、待ちかねたように口にする方言でのやりとり、久しぶりに口にする言葉のご馳走が美味しくて、みな貪るようにしゃべる。標準語で通じるような言い回しも、敢えて方言で言う楽しさ。中でも心の機微を伝えるのに、四角四面の標準語だけでは、決して通じないエスプリを、特に効果的に表現するのは、「ンで始まるしまくとぅば」の数々である。
 その一つに「ンじ」がある。「じ」にアクセントを置くと、質問調になり、「ということだが、どうなんだ」と、傍にいる人に尋ねることばとなる。「出る」の方言「ンじいん」や、「出ろ」からきた「ンじれえ」を縮めて「あなたが前面に出なさい」という促しの意味か。
 例えば、嫁に代わって医者の前に座って、孫を抱いたお婆ちゃんが、「離乳食はよく食べていますか」と聞かれて、「ンじ?」と、後ろに控えている嫁に聞いている情景を想像してみたら、この短く重宝なしまくとぅばの持ち味がよくわかる。「ンじ」は、ごく親しい間柄の人同士でないと使えない貴重な言葉なのである。同じ「ンじ」でも「ン」にアクセントを置くと、「棘」という意味になるから厄介である。棘も表面から出ているからそういうのか、謎のままである。
「ンちゃ」も面白い。「ン」にアクセントを置くと、「あ、そういえば…」と、心中の穏やかな納得を表す。「ンちゃ、あんいいねえ、あんやたん(そういえば、ああだった)」と、会話に合の手を入れる時に使う。逆に、「ちゃ」にアクセントを強く入れると、「こいつ!」と、相手(特に子供)を懲らしめる時に使う接頭語となる。「ンちゃ、くぬひゃーや(こいつ、このやろう)」などと。「ンちゃ」には、「土」という意味もある。
 他にも、「ンだ(どれどれ)」「ンぱ(いや・否)」「ンじゃりむん(厄介者)」、「ンじゅンじゅーとぅ(したたかに)」など、ンの字で始まるしまくとぅばがあって、ときどき何気なく使うが、掘り下げて考える余裕がなく、若い世代に使われることなく消えていくばかりだ。
 これは、しかし、うちなんちゅの魂の根源に関わる重要なしまくとぅばの世界の問題である。戦前、方言札を強制したり、戦後も復帰前に標準語を重視するあまり、再び方言廃止の先兵となった教職員の忸怩たる思いは、理解できるが、今、言葉の専門家たるわれわれエッセイストも、敢えて前面に出て、珠玉のようなしまくとぅばの救出に携わる必要があるのではないか。


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