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2013年12月05日

がじまん第275号

酒場にて
石川きよこ
  
 とある酒場の暖簾を潜った。「秋の食材でおもてなしします」のうたい文句に心を惹かれたからだ。
 たった三人の女子会モアイである。予約などする必要もないほどの人数だ。その日の気分で「ワイン」だったり「ビール」だったり。頂きたいお酒に合わせて店を決めている。
 その日は栄町の駅前で待ち合わせとなった。栄町は今や沖縄の新橋? つまり、ガード下のような小さな店が点在し、夜になるといきなり市場や通路が酒場に早変わり。気軽さが受けているようで酔い人たちで賑わう。
 さて、駅前を旅人気分でブラリ。清潔そうな割烹が目に飛び込んだ。奥の席に通された。「奥の席へどうぞ…」と。入り口から七歩歩いたところで奥の席に着いた。とても小さな店なのだ。膝をつき合わせながら、秋の旬を味わい盃を空ける。秋の夜長だ。
「わんよーオジーになったよー」と、すっとんきょうな声を出しながら四十代らしき男性が入り口の席に座した。私たちとは背中合わせだ。態度から察して常連さんだろう。
「オジーになったって?」「お前の娘いくつだった?」カウンターの客が応えた。
「十七歳だよ!」「エッ?」「高校二年生だよー」なになに高校二年生の娘に子どもができたって話だ。十七歳はまだ子ども…将来像が見えない話だ。他人事なのになぜか胸がざわつく。それでいいのかよーオヤジ! の喝を入れたくてたまらないが、自粛。
「相手は幾つ?」と別の中年男が聞いた。「十八歳、娘より一個上だけ」「高校三年生か? 若いなー」「いつ生まれる?」「来年だはず…」筒抜けの空間だ。
「さっき初めて男の親に会って来たよ。おれ、緊張しまくってさー家に帰る前に飲みに来たわけよ」男性はニコニコ顔でことを語っていた。娘を孕まされ怒ったか?
 その日は東北楽天が日本一を決め星野監督が宙に舞った夜だった。
「おめでとうーやー」「若いオジーになるんだねー」男たちは祝福の乾杯を交わしている。しかし、まあ、十七歳の娘が妊娠したと喜んで酒を飲むか? 応じて「おめでとう」の嵐か? 沖縄社会の甘さをしみじみと感じる会話に情けないやら腹立たしいやら。
 この甘いぬるま湯の中で育つ子どもたちの将来に希望は託せるのか。目の前で酔いつぶれていく中年男の顔を眺めながら暗澹たる気持ちになったのはわたし一人ではなかったはず。
 一方テレビに映し出される楽天の投手マー君は二十五歳。偉業を成し遂げた。おめでとう。


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