2016年01月05日
がじまん第325号
悪筆とパソコン
私は生来の悪筆である。小学校時代から悪筆ゆえに、担任から「君の字は読めない。何とかならないか」とよく注意された。医者になると待ちあぐねる患者さんにせき立てられるようにカルテを殴り書きするものだから悪筆にますます拍車がかかった。
診察時、カルテをのぞき見た五歳の男の子から「おじさん、落書きしているの?」といわれたことがある。また別の子から「これ、英語なの?」と言われたこともある。
質問は子どもだけにとどまらない。殴り書きのカルテを見た患児の母親から「先生は速記もなさるんですね!」と妙に感心されたこともある。
悪筆だから、患者さんに不都合なことを書いても知られなくてすむという利点もないわけでもないが、カウンセリング等で相手の話に耳を傾けながら書き綴っていると、後になってすぐ書き直さないと自分でも解読不可能になることもあった。
この悪筆コンプレックスに光明を与えたのが、ワープロでありパソコンであった。キーボードを打つたびに躍り出てくる文字に感動すら覚えたものである。以来、パソコンにはまり、電子カルテを扱えるまでになった。
電子カルテの魅力の一つは、老医の身のあやふやな記憶をカバーできることである。パッと出てこない薬品名や薬用量がキーボードを叩くだけで瞬時に出てくるし、過去のデーターだって一気に引き出せる。老医の身には欠かせぬ存在なのだ。
ただ、悪筆を活かした私流の心理技法が使えなくなった。
紙カルテの時代、発達障害や挫折体験、コンプレックスをひきずる不登校の子らと向き合った際、頃合いを見てカルテを見せて「先生の字、読める?」と問うてみる。すると彼らの多くが、一瞥して、クスッと笑う。「読めないでしょう。先生は小さいときから字が下手だったんだ。それで随分苦労したんだ。でも、その苦手さをパソコンで生かす方法を見つけたんだ。字が下手だったからパソコンを上手に使えるようになったんだ。欠点は長所に切り替えることができる。君の苦手さも、別の方法で長所に変えることができるかも知れない。時間がかかるかも知れないけどどうしたら苦手さを乗り越えられるか、一緒に考えてみよう…」
私はこの手法を〝悪筆共感法〟と勝手に称していたが電子カルテではその方法が通用しなくなった。パソコンという便利な電子媒体の導入によって、患者との間の距離感や共感性が失われても困る。パソコン画面ばかりに気を取られる診療にはならないよう心がけている。
大宜見義夫
私は生来の悪筆である。小学校時代から悪筆ゆえに、担任から「君の字は読めない。何とかならないか」とよく注意された。医者になると待ちあぐねる患者さんにせき立てられるようにカルテを殴り書きするものだから悪筆にますます拍車がかかった。
診察時、カルテをのぞき見た五歳の男の子から「おじさん、落書きしているの?」といわれたことがある。また別の子から「これ、英語なの?」と言われたこともある。
質問は子どもだけにとどまらない。殴り書きのカルテを見た患児の母親から「先生は速記もなさるんですね!」と妙に感心されたこともある。
悪筆だから、患者さんに不都合なことを書いても知られなくてすむという利点もないわけでもないが、カウンセリング等で相手の話に耳を傾けながら書き綴っていると、後になってすぐ書き直さないと自分でも解読不可能になることもあった。
この悪筆コンプレックスに光明を与えたのが、ワープロでありパソコンであった。キーボードを打つたびに躍り出てくる文字に感動すら覚えたものである。以来、パソコンにはまり、電子カルテを扱えるまでになった。
電子カルテの魅力の一つは、老医の身のあやふやな記憶をカバーできることである。パッと出てこない薬品名や薬用量がキーボードを叩くだけで瞬時に出てくるし、過去のデーターだって一気に引き出せる。老医の身には欠かせぬ存在なのだ。
ただ、悪筆を活かした私流の心理技法が使えなくなった。
紙カルテの時代、発達障害や挫折体験、コンプレックスをひきずる不登校の子らと向き合った際、頃合いを見てカルテを見せて「先生の字、読める?」と問うてみる。すると彼らの多くが、一瞥して、クスッと笑う。「読めないでしょう。先生は小さいときから字が下手だったんだ。それで随分苦労したんだ。でも、その苦手さをパソコンで生かす方法を見つけたんだ。字が下手だったからパソコンを上手に使えるようになったんだ。欠点は長所に切り替えることができる。君の苦手さも、別の方法で長所に変えることができるかも知れない。時間がかかるかも知れないけどどうしたら苦手さを乗り越えられるか、一緒に考えてみよう…」
私はこの手法を〝悪筆共感法〟と勝手に称していたが電子カルテではその方法が通用しなくなった。パソコンという便利な電子媒体の導入によって、患者との間の距離感や共感性が失われても困る。パソコン画面ばかりに気を取られる診療にはならないよう心がけている。
Posted by 沖縄エッセイスト・クラブ会員 at 00:00
│会報がじまん